市ヶ谷弘司(会社経営)のプロフィール、ヒット商品、ソニーを辞めた理由は?【逆転人生】

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最近は夏場になると、空調服を着ている人をよく見かけます。

上着やベストの背中に付けたファンで風を送って涼しくする
アレです。

実はこの空調服を開発したのが、市ヶ谷弘司さんなのです。

その市ヶ谷弘司さんが、2021年7月12日(月)放送の
逆転人生」(NHK総合)に出演されるということなので、
どのような方なのか調べてみました。

市ヶ谷弘司さんのプロフィール

出典 https://ichigayahiroshi.com/

【経歴】

1947年埼玉県戸田市生まれ。

早稲田大学理工学部電気工学科を卒業後、
1970年にソニーに入社。

1991年にソニーを早期退職後、
同年9月に株式会社 セフト研究所設立。

ブラウン管測定器の販売で赴いた東南アジアで
地球温暖化に危機感を抱いた。

冷却製品を開発する過程で「生理クーラーR 理論」を着想、
この理論を応用した『空調服』を開発し、製造。

この製造した 『空調服』を販売するため、2004年に株式会社
 ピーシーツービーを設立する。

2005年に株式会社 空調服に社名変更。

【家族】
ソニー時代の同僚だった政子さんと社内結婚し、子供は1男2女。

長男の市ヶ谷透さんは株式会社空調服の現社長。

市ヶ谷弘司さんの作ったヒット商品とは?

もちろん「空調服(TM)」ですが、これは商標登録されています。

ですので、NHKは番組の紹介で一般名称として
ファン付き作業服」という言葉を使っていますよ。

この空調服の開発のきっかけとなったのが、
1994年頃、東南アジアに出張中に、地球温暖化に
危機感を持ったということなんですね。

つまり、発展途上国の人たちが日本と同じように冷房を
使うようになったら、エネルギー消費がとんでもないことに
なると感じたんです。

これを解決するために、エネルギーをほとんど使わない
クーラーのアイデアを思いついたというわけです。

私のような凡人でも、風呂上りに扇風機の風に当たると
涼しく感じるというのは経験で知っているんです。

ただ、これを省エネのクーラーとして使おうという発想は
全くありませんでしたね。

しかし、発想はすばらしかったのですが、実際に使える
商品にする開発作業は簡単ではなく、空調服の完成には
2004年までかかってしまったんですね。

やっとのことで売り出した空調服でしたが、最初は
全く売れませんでした。

ようやく2010年頃から建築現場の作業員などの間で
口コミで売れ出すようになり、そこからは順調に
売り上げが伸びるようになりました。

市ヶ谷弘司さんがソニーを辞めた理由は?

ところで、市ヶ谷弘司さんがソニーのような超一流企業を
早期退職した理由について気になったので、調べてみました。

ソニー社内では、主にトリニトロンカラーテレビの生産、
製造、技術業務を経験されていますが、その他に本社開発部で
電子楽器の開発業務を8年間担当されていました。

私はこの8年間の開発業務の経験が、独立への気持ちを
はぐくんだのではないかと考えます。

私自身も某メーカーで開発業務と工場技術業務の両方を
経験したことがあります。

開発業務というのは、これまでに無かった新しい技術や
製品を生み出していくことが目的になります。

これに対して、工場での技術業務は既存の製品の製造
品質向上、コストダウン、クレーム対応などの業務が
メインになります。
(一部開発的要素のある業務もありますが)

市ヶ谷弘司さんは、もともと発明家としての素養があったので、
これまでに無かった新しい技術や製品を生み出す仕事に
より魅力を感じたのではないでしょうか。

そして、自分が開発したものは自分自身で世に問いたい、
という起業家精神も持ち合わせていたので、
サラリーマンとして終わりたくないと考えられたのでしょう。

まとめ

市ヶ谷弘司さんの開発した空調服が普及し、
空調服社会」が実現されることによって、
夏場の作業環境の省エネ化熱中症対策を通じて
人々の幸福度が上がることを期待したいですね。

また、コロナ対策の決定版と期待される新製品
空調フェイスシールド(TM)」も発売されました。

今後の動向にも注目していきたいところです。

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