川端克宜(アース製薬社長)の経歴や家族や年収と出世の理由【カンブリア宮殿】

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こんにちは、ポワロです。

3月3日のテレビ東京【カンブリア宮殿】にアース製薬社長川端克宜(かわばた かつのり)さんが出演されます。

アース製薬は「ごきぶりホイホイ」などの防虫商品の会社としてのイメージが強いですが、現在は多角経営化が進んでいるそうです。

2014年に42歳という若さで社長に就任した川端克宜さんの経歴、家族、年収や社長に抜擢された理由等について調べてみました。

川端克宜さん(アース製薬社長)の経歴・プロフィール

出典:https://corp.earth.jp/jp/

川端克宜さんは1971年9月15日生まれ、兵庫県明石市出身

兵庫県立明石西高校から近畿大学商経学部(現・経営学部)経営学科に進みました。

この頃から、将来は経営に関わる仕事がしたいと考えていたのかもしれませんね。

大学卒業後はアパレル関係に就職しようと考えていた川端克宜さんでしたが、彼女のお父さんがアパレル関係に難色を示したため、あきらめて就職したのがアース製薬だったのです。

この時に彼女のお父さんと出会って話をしていなければ、川端克宜さんは現在の状況とは全く別の道を歩んでいたわけです。

人生において様々な出会いと別れがありますが、川端克宜さんにとってはアース製薬への就職が大きな出会いとなったと言えるでしょう。

川端克宜さんの性格として、目的を達成するために必要なことをためらわずに実行できることが挙げられるのではないでしょうか。

アース製薬に入社後は営業部に配属され、猛烈サラリーマンとして仕事に打ち込みました。

取引先とのゴルフや会食などの付き合いも手抜きをせずにやってきた川端克宜さんは、営業成績も抜群でした。

35歳で広島支店長、38歳で大阪支店長と順調に出世街道を走っていきました。

40歳のときに、当時の大塚社長から「次の社長をやってほしい」と言われた川端克宜さんは曖昧な返事をしたため、OKの返事だと思われてしまったそうです。

2013年、ガーデニング戦略本部長に異動となり、赤字だったガーデニング事業を任されることになりました。

ガーデニング(園芸)事業は当時の大塚社長が次の成長の柱にしようと始めたのですが、業績が厳しかったこともあって、川端克宜さんは貧乏くじを引かされたのではないかとも思ったそうです。

しかし、川端克宜さんの長年の営業経験で鍛えた勘とお客様目線での思考がヒット商品を生み出しました。

商品企画でボツになった除草剤が目に留まり、その理由を確認すると、農薬としての申請承認が取れなかったからということでした。

その除草剤は100%食品成分でできていたので、農薬申請しなくても法律違反ではないのですが、前例がないということで社内では反対ばかりだったそうです。

しかし、川端克宜さんは、子供やペットのいる家庭なら無農薬の除草剤のほうがいいはずだし、「農薬を使わない除草剤」として出せば売れるのではないかと考えました。

結果的にその除草剤がガーデニング事業初の大ヒット商品になったのです。

ガーデニング事業を立て直した実績とともに、2014年に川端克宜さんはアース製薬の6代目社長に就任することになりました。

社長就任後には、海外事業の推進トップダウン型からボトムアップ型組織への変更M&Aによるシナジー効果で事業拡大業務システムの入れ替えマーケティング専門部署創設等の改革を実行し、業績拡大を続けています。

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川端克宜さん(アース製薬社長)の家族や年収は?

川端克宜さんの奥さんは元タカラジェンヌということですが、具体的な情報は公開されていません。

子供さんも含めた家族情報は公開されていないようです。

年収については、アース製薬が1部上場企業ですので、1億円以上の役員報酬については公表されています。

それによると、川端克宜社長の役員報酬

2020年12月期 2億6200万円
2019年12月期 1億9600万円
2018年12月期は赤字だったためか、表示されていません。
2017年12月期 1億3600万円
2016年12月期 1億5000万円
2015年12月期 1億1300万円

となっています。

会社の業績によって変動はしていますが、1億円は超えていますので、
さすが上場企業の社長さんは凄いですね。

川端克宜さん(アース製薬社長)が社長に出世した理由

アース製薬1970年に大塚グループが資本参加し、それ以降2代の社長は大塚家出身でしたが、川端克宜さんは大塚家ではない生え抜きですし、何故社長に選ばれたのでしょうか?

川端克宜さんは、自分が社長に選ばれた理由はわからないけれども、以下の3つの理由ではないかと想像しています。

(1)大塚ホールディングスが2010年に上場し、2005年に上場しているアース製薬と親子上場になるので、アース製薬生え抜き社長にしたかった。

(2)経営者の若返りを図りたかった。

(3)前社長が国内事業の基盤固めで一区切りつけた。

大塚家出身でない川端克宜さんが社長に出世したのは、上記理由以外に以下の理由もあるのではないでしょうか?

・営業畑での実績が素晴らしく、前社長の目に留まっていたこと。

・営業現場で鍛えた経験に基づく直感力やお客様目線で考えることが、会社の事業拡大や改善のために必要とされたこと。

川端克宜さんの名言といえるかどうかわかりませんが、経験から得た以下の言葉が印象に残っています。

「常識を疑え」

「みんなが良いという商品はたいてい売れない」

まとめ

川端克宜さんは、縁があって入社したアース製薬で仕事に打ち込んだ結果、創業家以外のサラリーマンから社長になったのですね。

大学で学んだ経営学はあまり役に立たなかったようですが、営業という会社の売上げに直結し、お客様とのコミュニケーションを学べる職場で得た経験が経営者としての仕事にも大いに活かされているように思います。

今後のアース製薬の成長と川端克宜社長の活躍に注目していきたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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