こんにちは、ポワロです。
2022年5月26日放送の「カンブリア宮殿」では、自動車の洗車・コーティング事業でイノベーションを成し遂げたキーパー技研株式会社の会長である谷好通(たに よしみち)さんが紹介されます。
キーパー技研(KeePer技研)の自動車コーティング技術は早い、安い、長続きする、という夢のようなものなのですが、この革命的コーティングを生み出した谷好通さんとはどんな人なのか興味を持ち、経歴、学歴、家族等について調べてみました。
キーパー技研谷好通(たによしみち)さんの経歴や学歴
谷好通さんは1952年3月18日生まれ、愛知県大府市の出身です。
父の谷武さんは大府市に本社のある名機製作所の工場に勤務していて、母は谷えつさんといいます。
名機製作所は射出成型機という樹脂加工機のパイオニアとして知られている会社ですが、2020年に日本製鋼所に吸収合併されました。
谷好通さんは、4歳のときに当時流行していたポリオ(脊椎性小児麻痺)にかかって、左足のひざ下が委縮してしまいました。
中学は名古屋市立南光中学校に進学。
一年生のとき同級生にいじめられましたが、終業式の日にいじめっ子と決闘して勝ったという経験を持っています。
その後二年生、三年生では先生の評判は悪いけれども、友達は多かったんだそうです。
この中学時代に、今日の谷好通さんのコア部分ができたのかもしれない、と本人は考えています。
高校は名古屋市立桜台高校という進学校に入学しましたが、学生運動に明け暮れ、ほとんど勉強しなかったそうです。
学生運動といっても、若い人は知らないでしょうが、1960年代の日米安全保障条約改定反対やベトナム戦争反対などの運動を通して、大学だけでなく、高校でもヘルメットをかぶった学生が暴力的な活動をしているところがありました。
そんな谷好通さんでしたが、大学には進学したものの、バイトしてばかりで学校には行かず退学してしまいます。
1970年18歳でガソリンスタンド会社に就職し、19歳で社長に見込まれて小さなガソリンスタンドの店長になりました。
すでにこの頃から、商売、経営のセンスがあったのかもしれませんね。
1972年11月20歳で結婚し、1973年3月22日に長男が生まれています。
行動力があるというのか、スピーディな動きですね。
1979年に最初に勤めたガソリンスタンド会社の経営状況を察して、退職。
この会社は翌年倒産しましたので、やはり経営的な勘は鋭いのではないでしょうか。
谷好通さんは、それから三社を経験しましたが、高学歴のホワイトカラーとの身分の差を感じたこともあり、独立して起業することを決意します。
1985年 32歳で株式会社タニを設立し、愛知県刈谷市の店舗でガソリンスタンドをスタートしました。
この店は大繁盛し、資金的にも余裕があったので、6600万円の借金をして132坪の二店目の土地を購入しました。
この時は無謀とも思えるような行動だったのですが、この132坪の土地購入がなければ、現在のKeePer技研(キーパー技研)はあり得なかったというのですから、運命的なできごとだったのです。
当時、ガソリンスタンドの総量規制というものがあり、新規にガソリンスタンドを作った場合、全国どこかの売れないスタンドが閉めてくれて、株式会社タニにガソリンスタンドの権利を売ってくれなければ、1年間は新規スタンドでガソリンを売ることができなかったのです。
谷好通さんは、どこかがガソリンスタンドを閉めてくれるだろう、と甘く考えていたのですが、どこも閉めてくれるところはなかったのでした。
しかし、総量規制は最初の1年間だけなので、ガソリンスタンドを作って、1年間ガソリン無しで運営して食いつなげば良いということになります。
そういう理由で、ガソリンスタンドとして起業した会社が、コーティングの仕事を始めることになり、後にコーティング会社として大きく発展するきっかけとなったのです。
1992年、ガソリンなしで1年間食いつなぐために、当時流行り始めていた「ポリマーコーティング」を横浜まで習いに行き、その技術をもとに洗車とポリマーコーティングの専門店を開きました。
そして1年後にガソリンスタンドになる前に、45分でできる最良のコーティング「Qシステム」を作り出しました。
これが現在の「ピュアキーパー」の原型になったもので、当時の洗車業界で評判になり、全国から見学者が訪れるようになったそうです。
1995年、Qシステムを改善したコーティング剤を開発して特許を取り、KeePer(当時はKeePre)という名前でブランド化しました。
2014年に現在のKeePer技研株式会社に社名変更し、2015年に東証マザーズに上場、2016年には東証1部に上場しています。
キーパー技研谷好通さんの家族は?
谷好通さんは、奥さんと娘さん、息子さんの2人の子供の4人家族ですが、子供たちは親元を離れています。
娘さんは富山大学に行って、大学で縁があった人のところに嫁いで富山に住んでいるそうです。
息子さんは東京に住んでいて、東京を離れたくないんだそうです。
娘さんは、たまに二人の孫を連れて帰ってきてくれるそうで、おじいちゃんとして幸せなことだと思えますね。
谷好通さんの入院歴
谷好通さんは既に70歳(2022年5月時点)ですので、体のあちこちが不調になったりして、入院も結構されています。
2013年には椎間板ヘルニア
2015年6月には無呼吸症候群で検査入院
2018年2月 肺炎で入院(左の肺)
2018年~2019年 加齢による腰痛→脊柱管狭窄症の手術
2021年9月 検査入院
2022年1月~3月 ガス壊疽、偶然見つかったガン組織も切除
というような具合で、満身創痍という感じですが、今なお頑張っておられます。
ポリオの後遺症の左足の筋委縮で車椅子を使ったりすることもあるそうです。
まとめ
今回は、谷好通さんの経歴、学歴、家族や入院歴等について調べてみました。
谷好通さんはもともと何でも自分でやらないと気が済まない性格のようですが、体力的にだんだんしんどくなって、めんどくささが出てきているそうです。
他の人に仕事を任せていかざるを得なくなってきているのでしょうが、まだまだ仕事は忙しい状態のようです。
どうか無理をせずに、可能な範囲で仕事をしていただきたいなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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